村上春樹新聞

村上春樹の経歴やエピソード

『村上春樹の経歴やエピソード

『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『1Q84』などの長編。
多数の短編とエッセイ。
スコット・フィッツジェラルドやレイモンド・チャンドラーなどの翻訳。
その他、多くの著書で知られる、ノーベル賞候補にも名前が挙がる小説家、村上春樹の経歴やエピソードです。

1949年

1月12日、ともに国語教師の父・千秋(京都のお寺の息子)、母・美幸(船場の商家の娘)の長男として京都市伏見区(※神戸近郊説)に生まれる。

1955年

秋になるとけっこう大きなまつたけが入った「まつたけうどん」が給食に出る兵庫県立西宮市立香櫨園小学校に入学。教育者の家庭でわりに厳しく育てられる。

1961年

芦屋へ転居。兵庫県芦屋市立精道中学校に入学。1年生の時に読んだスタンダールの『赤と黒』に感動を覚える。また、トルストイ、ドストエフスキーなどのロシア文学に特に魅かれる。

1963年

1964年

兵庫県立神戸高校に入学。

1965年

高校2年生の時に新聞部の編集長に就任。辞書を片手にアメリカの小説を読みふける。最初にペーパーバックで読んだのはロス・マクドナルドの『マイ・ネーム・イズ・アーチャー』。また、カート・ヴォネガットの『猫のゆりかご』を読んで「ワオ!」と思う。他に、エド・マクベイン、レイモンド・チャンドラーなど。

1966年

スコット・フィッツジェラルドの作品を初めて読むも、たいした感銘も受けずに終わる。

1967年

1968年

1年間の浪人を経て早稲田大学文学部演劇科へ入学。上京後3日で標準語を完璧にマスター。
目白の私立寮「和敬塾(経営者は札つきの右翼で、寮長は陸軍中野学校出身の気味の悪いおっさん)」で約半年過ごした後退塾。
シナリオ・ライターになりたいという思いからシナリオ研究会に入るも短期間でやめ、その後は大学の演劇博物館に入りびたりシナリオを読み、年間200本以上の映画を観る生活を送る。
学園紛争に個人的に興味を持ち、出入りがあると石を投げたり殴り合いを行うが、組織で何かやるようなことは不純だという思いからバリケードやデモには参加しなかった。ジャズ喫茶に行き暗いところでコーヒーを飲みながら大江健三郎や吉本隆明を読むことが正統な時代に、村上春樹はピット・インでジャズを聴き、名画座をまわり、ピンボールをするという異端的な過ごし方をする。

1969年

1971年

大学時代の二人の友人のうちの一人である陽子さん(10月3日生まれ、天秤座)と学生結婚。結婚の理由は、大学3年になり同棲を始めるが同棲が嫌いだったこと、一人っ子で育ち家に親しかない従属的な環境から早く自分の世界を持ちたいという思いによる。結婚と同時に陽子さんの実家である文京区千石の寝具屋に居候する。

1974年

1972年頃より昼はレコード屋、夜は喫茶店でアルバイトをし、陽子さんと二人で2年間で250万円を貯金。更に銀行から250万円を借り、国分寺に念願のジャズ喫茶「ピーター・キャット(19坪)」を開店(キース・ジャレットのレコードはなく、ジョン・コルトレーンのレコードもあまり置いてないけど、クロード・ウィリアムソンのレコードが揃っていて、スタン・ゲッツのレコードが沢山ある)。
スペイン風の白い壁、木製テーブルと椅子が品よくレイアウトされた「ジェイズ・バー」を彷彿とさせるたたずまいだった。

1975年

早稲田大学文学部演劇科を卒業。卒業論文は「アメリカ映画における旅の思想」(『駅馬車』から『2001年宇宙の旅』にいたるまで、アメリカ映画の発達とテーマは人と物の移動にある、という論旨)。「卒論を書くのなんてイヤでしかたない」という思いから3日間ででっちあげて卒論を書くも成績は「特優」をもらう。

1977年

「ピーター・キャット」が千駄ヶ谷に移店。

1978年

4月1日午後1時半頃、神宮球場で寝ころんでビールを飲みながらヤクルトVS広島の試合を観戦。先頭バッターのデイブ・ヒルトンがレスト線にヒットを打って二塁へ到達。その時、「そうだ、小説を書いてみよう(才能や能力があるにせよないにせよ、とにかく自分のために何かを書いてみよう)」と思い立ち、新宿の紀伊國屋に行って安物の万年筆と原稿用紙を購入し小説を書き始める。

1978年

1979年

1980年

1981年

1982年

1983年

1984年

1985年

1986年

1987年

1988年

3月24日、およそ100日間で『ダンス・ダンス・ダンス』の執筆を完了!村上春樹が長編を書くペースとしてはインターバルが異常に短い。リアリズムで書かれた『ノルウェイの森』から村上作品本来の物語性へ戻ること、40才になる前にもうひとつまとまった仕事をしようと思ったこと、そして何より単純にこの小説(羊男のこと)が書きたかったことを理由に挙げている。
「ある意味では、羊男はずっと僕の心の中に住んでいた。僕は『羊をめぐる冒険』を書き終えたあとでもよく羊男のことを考えた。いるかホテルの暗い部屋の中に今でもひとりでひっそりと生きているであろう羊男のことを。羊男はそこで今いったい何をしているのだろう。そして羊男とは僕にとっていったい何だったのだろう、と。」

1990年

1991年

1992年

1993年

1994年

1995年

1996年

6月23日、サロマ湖100キロウルトラマラソンを11時間42分のタイムで完走!。

1997年

1998年

2000年

2004年

4年ぶりに村上国際トライアスロンに再挑戦。

2005年

2006年

2007年

2009年

2010年

2011年

2012年

2013年

2014年

2015年

1月15日、期間限定サイト「村上さんのところ」オープン!