村上春樹新聞

『風の歌を聴け』に描かれる「嘘つき」のくだりについての考察

『風の歌を聴け』に描かれる「嘘つき」のくだり。
具体的には「僕」とガールフレンドの間で交わされるこんなやりとり。

「ねえ、私を愛してる?」
「もちろん。」
「結婚したい?」
「今、すぐに?」
「いつか・・・・・・もっと先によ。」
「もちろん結婚したい。」
「でも私が訊ねるまでそんなこと一言だって言わなかったわ。」
「言い忘れてたんだ。」
「・・・・・・子供は何人欲しい?」
「3人。」
「男?女?」
「女が2人に男が1人。」
彼女はコーヒーで口の中のパンを嚥み下してからじっと僕の顔を見た。

「嘘つき!」

と彼女は言った。
しかし彼女は間違っている。僕はひとつしか嘘をつかなかった。

という会話があったのを覚えてますか?
僕は『風の歌を聴け』を何度か読んだけれど、この「ひとつしか嘘をつかなかった」がどの発言について言及しているのか、未だ「これだ!」という確信を持てないでいます。
で、あれこれ考えて自分なりに導き出した仮説がこうです。

「ねえ、私を愛してる?」に対する「もちろん。」が嘘

この場合、以降の「僕」の返答は嘘ではない、という図式が違和感なく成立しますよね。
それとは別にもうひとつ案があって、それはこうです。

「僕」の発言のいずれかひとつを嘘とする時、
「僕はひとつしか嘘をつかなかった」は全てにおいて可能である

例えば、「もちろん結婚したい」を嘘だと仮定した場合、「僕」は結婚はしたくないけれど子供は3人欲しいし、それは女の子が2人と男の子が1人という内訳になる。
といった具合に、発言のどれかひとつを嘘と決めると、その他の返答は嘘ではない、という構図が成り立つというもの。
ただ、このケースはいまいち詰めが甘いというか、しっくり来ないところもあるんだけど。

この件について『風の歌を聴け』では詳しい説明がされていないから、後ろ髪を引かれるようなぐじゅぐじゅした感じがあるんだけど、全部をありのまま説明しちゃわないところが逆にいいのかもしれないですね。