ヤナーチェック『シンフォニエッタ』
1984年が舞台の長大な物語『1Q84』。
『1Q84』にしばしば流れてくる音楽、ヤナーチェックの『シンフォニエッタ』。
【シーン1】
タクシーのラジオは、FM放送のクラシック音楽番組を流していた。曲はヤナーチェックの『シンフォニエッタ』。渋滞に巻き込まれたタクシーの中で聴くのにうってつけの音楽とは言えないはずだ。運転手もとくに熱心にその音楽に耳を澄ませているようには見えなかった。
・・・・・・中略・・・・・・
ヤナーチェックの『シンフォニエッタ』の冒頭部分を耳にして、これはヤナーチェックの『シンフォニエッタ』だと言い当てられる人が、世間にいったいどれくらいいるだろう。おそらく「とても少ない」と「ほとんどいない」の中間くらいではあるまいか。しかし青豆にはなぜかそれができた。
【シーン2】
青豆は自由ヶ丘駅近くにあるレコード店に行って、ヤナーチェックの『シンフォニエッタ』を探した。ヤナーチェックはそれほど人気のある作曲家ではない。ヤナーチェックのレコードを集めたコーナーはとても小さく、『シンフォニエッタ』の収められたレコードは一枚しかい見つからなかった。ジョージ・セルの指揮するクリーブランド管弦楽団によるものだった。バルトークの『管弦楽のための協奏曲』がA面に入っている。どんな演奏かはわからなかったが、ほかに選びようもなかったので、彼女はそのLPを買った。
【シーン3】
ティンパニはむずかしい楽器だが、独特の深みと説得力があり、音の組み合わせに無限の可能性が秘められている。彼らがそのときに練習していたのは、ヤナーチェックの『シンフォニエッタ』のいくつかの楽章を抜粋し、吹奏楽器用に編曲したものだった。それを高校の吹奏学部のコンクールで「自由選択曲」として演奏するのだ。ヤナーチェックの『シンフォニエッタ』は高校生が演奏するには難曲だった。そして冒頭のファンファーレの部分では、ティンパニが縦横無尽に活躍する。バンドの指導者である音楽教師は、自分が優秀な打楽器奏者を抱えていることを計算に入れてその曲を選んだのだ。
【シーン4】
ヤナーチェックの『シンフォニエッタ』のレコードをターンテーブルに載せ、オートマチック・プレイのボタンを押した。小澤征爾の指揮するシカゴ交響楽団。ターンテーブルが一分間に33回転のスピードでまわり出し、トーンアームが内側に向けて動き、針がレコードの溝をトレースする。そしてブラスのイントロに続いて、華やかなティンパニの音がスピーカーから出てきた。天吾がいちばん好きな部分だ。
ヤナーチェック
本名、レオシュ・ヤナーチェク。
19世紀から20世紀にかけて活動した、モラヴィア(現在のチェコ)出身の作曲家。