村上春樹新聞

『国境の南、太陽の西』は誰に向けて書かれた小説なのか?

『国境の南、太陽の西』の主人公の人物像について説明すると、以下の点を挙げることができる。

「他人の目から見れば、あるいはそれは申し分のない人生に見えたかもしれない。ときどき僕自身の目にさえ、それは申し分のない人生のように映った。」
と、当の本人(『国境の南、太陽の西』の主人公)が語る通り、それは一読者の僕の目から見ても何ら不満のない人生に思える。

それが大きな理由のひとつだと思うけれど、『国境の南、太陽の西』を読んでいても、物語に感情移入することは非常に困難な作業だった。
ここで、ひとつの疑問。

『国境の南、太陽の西』は誰に向けて書かれた小説なのか?

本を読めば一目瞭然だけど、物語の中で不倫が行われている。
その点から考えると、『国境の南、太陽の西』は下記の人たちを対象に含めた本と捉えることもできるかもしれない。

では、物語のテーマは「不倫」なんだろうか?
たぶん、それは違う(と思う)。
テーマは「暴力」、もう少し具体的に言うと「誰かの心を深く傷つける行為」。そして、誰かの心を深く傷つける行為の一例として「不倫」が描かれているのかもしれない。
そう考えると、さっきの疑問の答えとしては、こっちの方がより正解に近いかもしれない。

そんなことを自分なりにあれこれ考察してみて至った結論。
結局のところ『国境の南、太陽の西』は僕にとっての物語ではない、ということ。

もともと一つの物語だった『国境の南、太陽の西』と『ねじまき鳥クロニクル』。
なぜだか理由はよくわからないけれど『ねじまき鳥クロニクル』こそが僕にとっての物語なのだと強く感じる。