佐多稲子さんによる群像新人文学賞の選評

選評 – 佐多稲子

『風の歌を聴け』を二度読んだ。はじめのとき、たのしかった、という読後感があり、どういうふうにたのしかったのかを、もいちどたしかめようとしてである。二度目のときも同じようにたのしかった。それなら説明はいらない、という感想になった。ここで聴いた風の音はたのしかった、といえばそれでいいのではなかろうか。若い日の一夏を定着させたこの作は、智的な抒情歌、というものだろう。作中の鼠は主人公の分身だ、と吉行さんが云われたが、私もそうおもう。同一人物という印象から脱け切ってはいない。が、観念の表白の手段としてのこの人物の設定は利いている。「ジェイズ・バー」のジェイ、その夏逢った女としての彼女、この二人は主人公とともに好もしく、しゃれた映画の中の人物を見るようだった。作者は、ためらいを見せつつ書出し、誇りで結んでいる。この作は選者たちの一致した意見で当選となった。

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