村上春樹新聞

バックナンバーNo.1〜No.100 – 編集長のつぶやき

編集長のつぶやき

村上春樹新聞編集長のつぶやきバックナンバーNo.1〜No.100!
全部ではありませんが、古い順に以下のようなことをつぶやいています。

村上春樹の『アンダーグラウンド』はまだ読んだことがないけど、エミール・クストリッツァ監督の映画『アンダーグラウンド』は観たことがある。
もし、『ねじまき鳥クロニクル』を映画化するなんて話があったら、エミール・クストリッツァ監督がメガホンをとるのもいいかも、って思うんだけど。

『風の歌を聴け』のことを考えていた訳じゃないのに、ふと『風邪の歌丸を轢け』というタイトルが頭に浮かんだ。
これは、風邪をひいて苦しんでる落語の歌丸師匠が、笑いながら車を運転する円楽師匠にあの手この手で追い回され、最後の最後、突如現れた座布団の山田くんに轢かれる物語。

昔、村上春樹は家の芝生を刈った時に『午後の最後の芝生』を書いた。
昨日、朝から雪かきをした僕にだって『午前の最初の雪かき』を書けるかもしれない。

北海道中頓別町のたばこポイ捨ての一件は、どうやら落ち着いたみたいですね。
『ドライブ・マイ・カー』を単行本に収録する際は、中頓別町を別の名前にするそうです。
僕も昨日あたりから中頓別町と『ドライブ・マイ・カー』のたばこポイ捨て、『ノルウェイの森』の緑のお姉さんが思うウルグアイについて考えていたところだら、正直ホッとしてます。

「もし村上春樹に会ったら」って考えたりしますか?
僕は考えたりします。
住んでいるのが神奈川の海沿いだし、月に何度か東京に行くこともあるので、街を歩いていて村上春樹に出くわす可能性だってなくはないと思うので。
そして、幸運にもその機会が訪れた時に話すことも決めています。
でないと、「あっ、え〜と、俺、ファンなんです、握手してください」だとちょっとカッコが悪いので。事前準備ってやつですね。
話すのは『ねじまき鳥クロニクル – 第1部 泥棒かささぎ編』の最後で、ロシア人将校(皮剥ぎボリス)が山本の皮を剥ぐことについて。

昨日は東京の青山に用事があったので、『走ることについて語るときに僕の語ること』とサインペンを念のため持って出かけた。
青山のどこかに村上春樹の事務所はあるんだから、村上春樹にばったり出くわす可能性だってなくはないのだから。
結果をいうと、やっぱり出会えませんでした。
日が悪かった、いや、天気が悪かった。
久しぶりに東京にも雪が降って、とても用事以外に出歩く気分じゃなかったので。

この週末はデヴィッド・フィンチャー監督の「一人すき焼き」映画『ファイト・クラブ』を堪能した。
そんな夜の〆は、もちろんスキヤキです!

村上春樹が言う「一人すき焼き」映画『ファイト・クラブ』を観た。
今、ちょっと興奮してまーす!

僕はけっこう色んなことを村上春樹から学んでいるんですけど、歌手のフリオ・イグレシアスさんも村上春樹に教えてもらいました。
村上春樹の『夜のくもざる』に、その名もズバリ「フリオ・イグレシアス」と「トランプ」という2つのショートショートがあって、この中で、フリオ・イグレシアスさんのことが書かれています。
「僕はフリオ・イグレシアスさんが唄う『ビギン・ザ・ビギン』を聴きながら思うんだけど、フリオ・イグレシアスさんの視線ってかなり強烈ですよ。
カメラのこっち側に居る僕の存在に気づいているんじゃないか、そんな風に思うんです。」

『1Q84』の青豆と天吾が再会を果たした1984年。
同じ年の4月25日の夕暮れに何があったかをご存知ですか?
僕は知っています。
実はですね・・・・・・
村上春樹が・・・・・・・・
『ノルウェイの森』のベースになった物語・・・・・・・・・
『螢』や『納屋を焼く』が入った短編集『螢・納屋を焼く・その他の短編』のあとがきを書いていたんです。

「「映画「ファイトクラブ」見てください。見ればよくわかる一人すき焼きです。」と、村上春樹は言うけど、近所のツタヤはここ何ヶ月も『ファイトクラブ』がレンタル中だ・・・・・云々」
と、1月23日にダメもとでつぶやいたんですけど、今日、期待もせずにツタヤに行ったら『ファイトクラブ』ありました!
こういうのって小確幸なのかなぁ?
村上春樹もよく読むけど、デヴィッド・フィンチャーの映画もけっこう好きです。

村上春樹が「世界最高のトートバッグ(トートバッグのホームラン王)」と言うトートバッグって、どこのトートバッグだと思いますか?
僕はPort Canvas(ポートキャンバス)のトートバッグがそうなんじゃないかと睨んでいるんですけど。けっこう自信もあります。

昔、インドの首都デリーでチベットのガイドブックを読んでいる時に、ふと
「あっ、ダライ・ラマに会いたい!会わなきゃ!」
と思ってダラムサラという街へ行き、街に着いた翌日にダライ・ラマに謁見をして、自分が撮ったカイラスという聖なる山の写真を手渡したことがある。
あれって、仏陀だかシヴァだか誰かわからないけど、神様が仕組んだんだと思う。
インドの小さな漁村にある安宿で、『ねじまき鳥クロニクル』の物語に引きづり込まれたのだって、まぁ、似た様なもんなんだろうなぁ。

ジョアン・ジルベルトの隠れた大ファンである村上春樹から見ると、ボサノヴァのオリジナルという意味では、ジョアン・ジルベルトよりもアントニオ・カルロス・ジョビンの方が「天才」に近いと感じるんだそうです。
ただ、「天才」について村上春樹はこう言ってました。
「「僕はスタン・ゲッツの圧倒的なファンですが、彼を「天才」だとは思いません。息をのむほど美しい音楽を一貫してつくりあげてきた希有なミュージシャンだと見ているだけです。「天才」であることはそんなに大事なのか、というのが僕の言いたいことです。地上で苦闘する音楽もまた素晴らしいものです。」」
だからという訳じゃないけど、僕はアントニオ・カルロス・ジョビンよりもジョアン・ジルベルトの音楽の方が好きです。

「一人で食べるすき焼きもけっこう来ますけどね。一人で向こう側にまわって、「おい、肉ばっかり食べるなよな」なんて文句言ったりしてね。またこっちにまわって、「おまえ、焼き豆腐さっき二個も食べただろう」なんて言い返したりして、空しいですね。というわけで、映画「ファイトクラブ」見てください。見ればよくわかる一人すき焼きです。」
と、村上春樹は言う。
けれど、うちの近所のツタヤは、ここ何ヶ月も『ファイトクラブ』がレンタル中です。
どこの誰だか知らないけれど、お願いですからいい加減に返却してください(涙)。

『走ることについて語るときに僕の語ること』にラヴィン・スプーンフルの『デイドリーム(アルバム)』を聴いていると書いてあって、僕も聴くようになったラヴィン・スプーンフル。
『デイドリーム(曲)』って、ほのぼのしていて僕はけっこう好きだ。

斉藤和義聴いて村上春樹読んでるような奴ってさ……絶対腹減るだろ 真夜中にラーメン食っちゃうでしょ
そんなTwitterのつぶやきを読みながら、一瞬「えっ、俺のこと?」と思って、そーっとスマホの画面から目をあげて辺りを見回してみた。

美味しいコーヒーを飲む方法については、石かわ珈琲の店主も村上春樹もだいたいおんなじことを言っている。

スガシカオより斉藤和義の方が自分に馴染むだけであって、『アシンメトリー』や『優等生』や『午後のパレード』なんかはけっこう気に入っています。
『月とナイフ』と『黄金の月』だっていい曲だと思う。

『意味がなければスイングはない』がきっかけで聴くようになったスガシカオ。
8割方のアルバムを聴いてみて、今でも時々、iPhoneに入れてたりするけど、正直、あまり好みじゃない。
同世代のミュージシャンだと斉藤和義の方がしっくりくる。
それはそうと、「スコット・フィッツジェラルドが述べている「魂の午前三時」に目を覚まさないことです・・・云々」と村上春樹が返答した(※1月18日のつぶやきを参照ください)、自分のことが好きになれないという読者の人は、スガシカオの『コノユビトマレ』を聴いたら、ちょっとぐらいは元気がでるのかもしれない。

「村上さん、こんなことをしてていいんですか?」
『村上かるた うさぎおいしーフランス人』の帯に書かれているコピー。
このコピーには「こんなしょうもない文章を書いてたら、ノーベル賞の選考委員への印象が悪くなっちゃいますよ」とかなんとか、そんなメッセージが付随しているのかもしれない。
『村上かるた うさぎおいしーフランス人』って、ノーベル文学賞を決める人たちには、あまり評判がよくなさそうだから。
僕はこの手の村上作品がけっこう好きです。
「わぉ、クリエイティブだ!」
そう思いながら、『村上かるた うさぎおいしーフランス人』も読んでいます。

「スコット・フィッツジェラルドが述べている「魂の午前三時」に目を覚まさないことです。魂の午前三時には、どんな人でもものすごく孤独になります。死にたくなるくらい孤独になります。目を覚まさないためには、昼間の内にしっかりと身体を動かして、適度の疲労を身体にためておくことです。」
自分のことが好きになれないという読者の人に対しての、村上春樹の真摯な返答。
確かに、魂の午前三時って考えなくてもいいような変なことを考えてしまいそうだ。僕も昔、その時間に何かについて悩んでいたような気がしないでもない。
ただ、幸せなことに、今では魂の午前三時は爆睡しています。

『出川哲朗、村上春樹に会いにいく』と『村上春樹さんと、ヤクルトスワローズについて話をする』というタイトルの、出川哲朗の本でも、ま、いいです。
http://www.diamondblog.jp/official/degawablog/

『村上春樹、出川哲朗に会いにいく』や『出川哲朗さんと、ヤクルトスワローズについて話をする』という本が出版されたら読みたいと思いませんか?
僕はけっこう読みたいです。

久しぶりに、レイモンド・チャンドラーの『ロング・グッドバイ』を読み返そうかなぁ。
https://twitter.com/asano_tadanobu

【熊の宴会】
「ダイエットをまじめに実行しているのだけれど、ある夜中にふと気が気がゆるんで、なんか知らないうちにビールをぐびぐび飲んで、そのへんにあるものをぱくぱく馬鹿食いをして、朝になってそのすさまじいい残骸を目にして、『ああ参ったなあ』と後悔する」
という、長いシチュエーションをひとことで表した、村上春樹が辞書入りを目論む言葉。
僕はここ数ヶ月、熊の宴会をしていません。でも、東ハトのポテコの大人買いだけは未だやめられません。

村上春樹は飛田茂雄さん(英米文学者にしてベテラン翻訳家)の『探検する英和辞典』という辞典をトイレに置いて、毎日ちょっとずつ読んで、長い期間をかけて読破したそうです。
僕は時々、『村上朝日堂』や『村上ラヂオ』といった系統の本をトイレに持ち込んで、出鱈目にページをめくっては読んでいます。ちょっと時間がない時なんかは『夜のくもざる』もいいと思います。

春樹さん、誕生日おめでとうございます!
これからもワクワクする小説、楽しみにしています!
僕はまだ『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を最後まで読んでいなくて、『アンダーグラウンド』を手にする気配は全然ないけれど、今度、『ねじまき鳥クロニクル』と『1Q84』を並行して読もうと思ってます。牛川の存在がものすごい気になるので。
もしかしたら『トニー滝谷』も間に挟むかもしれません。
チャオ!

『村上朝日堂の逆襲』を片手にいざ西早稲田へ。

ゆらゆら帝国のアルバム『3×3×3』を聴きながらふと湧いた疑問。
「村上春樹はゆら帝なんて聴くんだろうか?」

突然ですが、明日のムラカミフェスティバルって行かれますか?
僕は行きません。高田馬場にある友達の家で新年会をやるので。

え〜と、1月11日がムラカミフェスティバルで、12日が村上春樹の誕生日か。

「この世界には、たぶんあなたは御存じないと思うのですが、約三千人の羊男が住んでおます」と羊男は言った。

『午後の最後の芝生』のドラマ化、もしくは映画化を検討されているプロデューサーや監督やその他関係者の人に提案なんですが、芝を刈る家に住んでいる中年の女を演じる役者に女優の寺島しのぶってどうですか?

『村上朝日堂の逆襲』って、新年にピッタリのタイトルな気がする。
年が明けるとだいたいいつも「よーし、今年はがんばるぞー!」って思うことが多いけど、「よーし、今年はがんばるぞー!」って言い換えると「逆襲」ってことだもんね。

デパートの商品管理課に勤めている『カンガルー通信』の主人公(26歳)って、映画『Waking Life』に出ていても全然違和感がなさそうな雰囲気を持っている。

『中国行きのスロウ・ボート』に出てくる三人めの中国人って、映画『Waking Life』に出ていても違和感がなさそうな雰囲気を漂わせている。

小説家を志している若い人に、村上春樹がおすすめする本、キャロル・スクレナカ(訳・星野真理)の『レイモンド・カーヴァー – 作家としての人生』。
幸いにして、僕は今のところ120%くらい小説家を志してはいない。

『パン屋襲撃』と『パン屋再襲撃』と『パン』と『パン屋を襲う』と『再びパン屋を襲う』をブレンドして読むとおいしいよ。

森高羊低 or 羊高森低。
『ノルウェイの森』に代表されるリアリズムが好きか、それとも『羊をめぐる冒険』に代表されるファンタジーが好きか。

2014年1月2日 15:00〜16:00
Eテレ「世界が読む村上春樹~境界を越える文学~」
http://www4.nhk.or.jp/P2975/

何の因果か、2014年元旦に読んだのは『パン屋を襲う』。
スティーブ・ジョブズが言っていた「点と点」じゃないけど、どこかに繋がっているような気がする。

「腹が立ったらそのぶん自分にあたればいい。悔しい思いをしたらそのぶん自分を磨けばいい。」
2014年は村上春樹のこのスタンスを拝借したいと思います。

村上春樹が言うには
「はっきり言いまして、女性は40代で差がつきます。男性の場合よりも、「残る人」と「落っこちる人」の差が歴然としてきます。でもそこで残った人って、ほんとに素敵ですよね。すごく魅力的です。そのへんにはまると、20代の女の子なんて・・・・・」
ということだそうです。
で、「残る」ための3つのピントが
1. 自分に甘えない
2. でもかりかりしない
3. そして大きく出ない
なんだとか。
ま、僕、女じゃないんだけど。

・サム・ペキンパー
・ジャック・スマイト
・ジョン・フランケンハイマー
・フランシス・フォード・コッポラ
・ジャン・リュック・ゴダール
・アンジェイ・ワイダ
・スタンリー・キューブリック
・ジョン・ミリアス
・ロベール・アンリコ
・アキ・カウリスマキ
村上春樹が「(その時の気分でごろごろ変わるけど)この人の監督した映画ならとりあえず見たい」という映画監督10人。

【年末年始の読書計画(仮)】
2013年中に『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読む。
2014年の一発目に『ねじまき鳥クロニクル』と『1Q84』を並行して読む。
その場合、村上春樹が解説をしているキャロル・スクレナカ(訳・星野真理)の『レイモンド・カーヴァー – 作家としての人生』をいつ読めばいいのか?

この季節になると、クリスマスやクリスマス・イヴという言葉を耳にしたり目にしたりするけど、聖羊祭日のことはほとんど誰も口にしない。
12月24日は聖羊祭日なのにね。

「まるっきりの独断で言いますが、いちばんかっこいいジャズのLP(CD)は、なんといってもMiles Davisの”WALKIN”(Prestige)です。頭から尻尾までかっこいいです。僕は今でも”WALKIN”という字を見ただけで、かすかな興奮を覚えます。」(村上春樹談)
ということで、今日は早朝からマイルス・デイビスを聴こうと思ったら、肝心の『WALKIN』を持っていないことが判明。

ようやくのこと『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読んでいます。

「純愛だろうが、浮気だろうが、不倫だろうが、正解だろうが、間違いだろうが、結果が良かろうが悪かろうが、「人が好きになれるのなら、好きになれるうちに好きになっておいたほうがいい」ということです。」
との「何でも相談室」村上さんの言葉。

今日発売のanan(綾瀬はるかがかわいい)に『村上ラヂオ』の特別編「読むことについて語るときに、村上春樹さんが語ること。」が載っているんだとか。
http://magazineworld.jp/anan/

『小澤征爾さんと、音楽について話をする』の「あとがきです」という小澤征爾さんのあとがきを読んでいると、小澤征爾さんの人物像というか人柄みたいなものが垣間見られるような気がする。

小澤さん「マーラーを演奏したオーケストラとして、僕らはわりに最初の方だったです。(果物を食べる)うん、これおいしいね。マンゴ?」
村上春樹「パパイヤです」
『小澤征爾さんと、音楽について話をする』に載っているふたりのやりとりがほのぼのしてちょっといい感じ。

『小澤征爾さんと、音楽について話をする』の中で、村上春樹が話していた翻訳についてのこと。 これって翻訳だけじゃなく、もちろんスコア(楽譜?)だけでなく、仕事論みたいなところがある。と、個人的には思うんだけど。
「スコアってどういうものなのかよくわらかないんですが、僕は翻訳をやっていまして、毎日英語で本を読んで、それを日本語に置き換えていくんですが、ときどきぜんぜん理解できない部分に突き当たります。どう考えても、意味がうまく見えてこない。で、腕組みして何時間もずっとその何行かの文章を睨んでいるわけです。それでなんとかわかるときもあるけど、まだわからないということもあります。そうなるといちおうそこを跳ばして次に進んでいくんですが、やりながらもときどきバックして、そこの部分を前にまた考える。でも三日ぐらいそれをやっていると、なんとなくわかってくるんですね。そうか、なるほど、そういうことなのか、と。ページから自然に意味が浮かび上がってくる。僕は思うんですが、そういう『じっと睨んでいる』という時間は、一見して無駄なようだけど、すごく自分の身につくという気がするんです。スコアを読むというのも、ひょっとしてそういうところがあるんじゃないのかと、ふと思ったりもするんですが」

「・・・・・練習というのは、やればやるほど難しさが出てくるんです」
とも小澤征爾さんは言っていた。
こっちも『小澤征爾さんと、音楽について話をする』に載っております。

「言っていることは違っても、行きつくところは同じかもしれないよ・・・・・」
というのも小澤征爾さんの言葉。
これも『小澤征爾さんと、音楽について話をする』に載ってます。

「そう。わかっていると思っていたことが、実はわかっていなかった、ということがわかった」
と、村上春樹との対話の中で小澤征爾さんが言っていた。
発言としては全然重要ではないんだけど、早口言葉みたいでちょっと笑ってしまった。
『小澤征爾さんと、音楽について話をする』に載ってます。

先月9日の短篇『ドライブ・マイ・カー – 女のいない男たち』に続いて、今月10日にも村上春樹の新作の短篇が文芸春秋に載るんだとか。
タイトルは『イエスタデイ – 女のいない男たち2』。
ドライブ・マイ・カーとおなじく、イエスタデイもビートルズの楽曲!

1999年6月の雑誌『BRUTUS 村上春樹は、なぜ走りつづけるのか!?』の中で、村上春樹が集中力と持久力について語っています。ふ〜ん、なるほどねぇ。
「集中力と持久力というのは、コインの裏と表なんだよ。例えば『ねじまき鳥クロニクル』を4年かけて書くよね。でも4年といっても、ずうっとのべつまくなしに書いているんじゃなくて、3か月集中して書いては、ふっと抜くのね。抜いて少し時間をあけて別のことをやったりなんかして、また3か月こもる。そうじゃないととても身がもたないから。でも3か月集中するといっても、キモの部分はほんの2週間なんだ。大事なことはほとんどその2週間の中で決まっちゃう。その2週間に行き着くために、その前の2か月半をやるわけ。これって、長距離ランニングと同じなんだよね。要するに持久力。持久力が集中力を支えて、その結果キモの部分の集中が来る。
最初の2か月半というのは、毎日毎日机の前に座って、とにかくなんでもいいから書く。乗らなくても、つらくても、楽しくても、とにかくどんどん書いていく。朝4時に起きて・・・・・」

先週、三宿の交差点にあるkong tongというお洒落なカフェでおりんの様なバカでかい器に入ったカフェオレを飲みながら、「ああ、1984年に青豆はこの辺りで首都高速3号渋谷線を自力で降りて、1Q84の世界に行ったんだっけ」と、ふと思った。

『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』というタイトルは「ストレートでいいじゃん!」って思ったけど、『小澤征爾さんと、音楽について話をする』は「河合隼雄さんのタイトルをパクったみたいだなぁ」と思わなくもない。

「今でも若い頃と同じハングリーな心を変わらず持ち続けていることだ。いや、これくらいでは足りない、もっと奥まで追求したい、もっと前に向かって進んでいきたい、というのが仕事をする上での、また生きる上での重要なモチーフになっている。」
という村上春樹(と村上春樹が推測する小澤征爾さん)の仕事論。
『小澤征爾さんと、音楽について話をする』より

2013年に一番売れた本は村上春樹の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』なんだとか。
僕はまだ『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』をまだ読んでいません。
5月の京都大学の講演で村上春樹が『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』の話をした時はネタバレになってしまって困ったけど、あれから半年、村上春樹がどんな話をしていたのかけっこう忘れてしまった。

『小澤征爾さんと、音楽について話をする』の冒頭から、小澤征爾さんと村上春樹の話す内容がマニアックでビックリする。
それとも、クラシック音楽ではごく当たり前のことなんだろうか?

『羊をめぐる冒険』を書いた後に行われた五木寛之さんと村上春樹の対談
ジェネレーションギャップなのか何なのか、五木寛之さんの言いたいことが全然理解できない。

パラパラとページをめくってみたけど、河合隼雄さんの『こころの声を聴く – 河合隼雄対話集(現代の物語とは何か×村上春樹)』が何だか面白そう。

村上春樹がアメリカの書店で立ち読みをしていたら、隣に『LOST』のサイードが居たんだとか。
どうでもいい話なんだけど、僕はけっこう嬉しいです。

「余計な忠告かもしれんが、三十五を過ぎたらビールを飲む習慣はなくした方がいいぜ」
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』のちびの言葉

朝早く起きてしまった日のBGMは、村上春樹のカタルーニャ国際賞受賞スピーチ

ビートルズの『ドライヴ・マイ・カー』も聴いています。

最近、朝早く起きると、iTunesで音楽を聴く代わりに、村上春樹がカタルーニャ国際賞を受賞した時のスピーチを聴いたりしている。 いいスピーチなんだな、これが!

9日発売の文芸春秋に、村上春樹の新作の短篇『ドライブ・マイ・カー』(副題は『女のいない男たち』)が載るらしい。
『ノルウェイの森』と同じくビートルズの楽曲にちなんだタイトルなんだとか。

『村上ラヂオ』の中に「跳ぶ前に見るのも悪くない」という話が載っているんだけど、スガシカオの『前人未踏のハイジャンプ』をBGMに読むのもいいかもしれない。

村上作品にはとんでもない数の「やれやれ」がある訳だけど、ほぼ100%「残念」的な意味合いの「やれやれ」なんだよなぁ。
「行け!行け!(やっちまえ!)」的な「やれやれ」ってのもあったりするのかな?

久しぶりにスガシカオを聴く。
『意味がなければスイングはない』を読まなかったらスガシカオなんて聴かなかったかもしれないな。
それはそうとスガシカオって変な名前ですね。

ハワイ大学マノア校で行われた「東アジアを旅するテキスト 村上春樹の読まれ方」というシンポジウムで村上春樹が講演を行った、と朝日新聞に載っていた。
で、その記事を書いた人が山田優さん。えっ、もしかしてあのモデルの山田優?

ジャズ・ピアニストの大西順子が引退を口にした時、小澤征爾さんが「おれは反対だ!」って言ったらしい。
その場に居た人はみんな(大西順子も村上春樹も)ビックリしただろうなぁ。 http://s.nikkei.com/1aaMeBK

今日、とある公共機関で受付の順番待ちをしていたら、僕の少し前に呼ばれた人がワタナベノボル(渡辺昇)だった。
渡辺昇って安西水丸さんの本名だけど、そのワタナベノボル(渡辺昇)さんは安西水丸さんではありませんでした。
でも、渡辺昇って『ファミリー・アフェア』や『双子と沈んだ大陸』、『象の消滅』、『夜のくもざる』の「鉛筆削り」と「タイム・マシーン」に登場するし、『ねじまき鳥と火曜日の女たち』にだってワタナベ・ノボルが出てくる。
こういうのって小確幸なのかなぁ?

村上春樹はある英和辞典をトイレに置いてちょっとずつ読んで読破したらしいけど、僕は時々『走ることについて語るときに僕の語ること』をトイレに置いておくことがあります。
適当にページをめくって開いたページを読むんだけど、『走ることについて語るときに僕の語ること』っていい本なんだよなぁ。

そろそろ秋も深まってきたし、全裸家事主婦の季節じゃないのかもしれないですね。
え〜と、全裸家事主婦については『村上朝日堂はいかにして鍛えられたか』に載っています。

間宮中尉(間宮徳太郎)が少尉として新京の関東軍参謀本部に着任した翌年、作家デレク・ハートフィールドがエンパイア・ステート・ビルの屋上から飛び下りたんだ。
ふむふむ。

『カンガルー日和』の中で、ドラえもんとスティーヴィー・ワンダーとビリー・ジョエルに触れられていたような気がする曖昧な記憶。

新たに加わった、夜になるとつぶやきたくなる言葉、その3。
「減量のコツは性格のいい真面目な体重計と仲良しになることだとかたく信じているんだけど・・・・・」
『村上ラヂオ』より

最近、夜になるとつぶやきたくなる言葉、その2。
「筋肉はつきにくく、落ち易い。贅肉はつき易く、落ちにくい」
『走ることについて語るときに僕の語ること』より

最近、夜になるとつぶやきたくなる言葉、その1。
「ダイエットなんて、そんなの明日からやればいいじゃないですか。」
『村上ラヂオ』より

『村上ラヂオ』の挿絵を描いていた大橋歩さんは、村上春樹の新刊が出ると買いに走り、本屋で平積みの乱れを見つけたら直してしまうような、かなりの村上春樹ファンなんだそうです。
だから何?と言われても困るんだけど。

村上春樹とコム・デ・ギャルソンの付き合いって、けっこう長いんだなぁ。

「僕は、僕の本を読んだ読者から、泣きましたという感想を聞くよりも、笑いましたという感想をもらえる方が嬉しいです。」
と、村上春樹が言っていました。
そう本人の口から聞いた。

コーエン兄弟の映画『バートン・フィンク』って、2000年以降の比較的新しい映画だと思っていたけど、1991年の製作なんですね。『辺境・近境』を読んでいて気づきました。

村上春樹が通っている東京のジムには
「筋肉はつきにくく、落ち易い。贅肉はつき易く、落ちにくい」
という貼り紙が貼ってある(あった)。

『村上ラヂオ』を読んでいて気になったひと言。
「ダイエットなんて、そんなの明日からやればいいじゃないですか。」

映画『トニー滝谷』の語りは俳優の西島秀俊がやっているんですね。
気づかなかった。

もし『1Q84』を映画化するとしたら。
牛川に竹中直人、青豆に常盤貴子という配役もいいと思います。

昔、村上春樹に教えてもらった大西順子を聴いている。

村上作品に出てくる「やれやれ」を一箇所に集めて眺めてみたい。

『ノルウェイの森』の門番を『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の門番が演じて、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の門番を『ノルウェイの森』の門番が演じたらすごい楽しそう!

数年前、石川県で空からオタマジャクシが降ってきたというニュースがあった。
まるで『海辺のカフカ』の世界みたい。

「村上春樹新聞は村上春樹の音楽、名言、装幀、ニュースなどなど、村上作品に関する新聞として、日々、亀の様な歩みで更新しています。」
と、謳ってまいりましたが、現在、村上春樹新聞の紙面リニューアルを鋭意進行中です。