大江健三郎さんによる谷崎潤一郎賞の選評

きちょうめんな冒険家 – 大江健三郎

・・・・・・村上春樹氏の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』について、やはり自分なら、ということを考えました。ここでふたつ描かれている世界を、僕ならば片方は現実臭の強いものとして、両者のちがいをくっきりさせると思います。しかし村上氏は、パステル・カラーで描いた二枚のセルロイドの絵をかさねるようにして、微妙な気分をかもしだそうとしたのだし、若い読者たちはその色あいと翳りを明瞭に見てとってもいるはずです。
冒険的な試みをきちょうめんに仕上げる、若い村上春樹氏が賞を受けられることに、すがすがしい気持ちを味わいます。シティ・ボーイの側面もあった谷崎になぞらえて、ここに新しい「陰翳礼讃」を読みとるともいいたいような気がします。

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