短編『中国行きのスロウ・ボート』の感想文ないしはレビュー、もしくは書評のようなもの

『1973年のピンボール』の後に出版された、村上春樹にとって初めての短編集『中国行きのスロウ・ボート』。
その本のタイトルに採用された、村上春樹にとって初めての短編『中国行きのスロウ・ボート』。

これは、三人の中国人と出会った主人公の「僕」の物語。
小学生の頃に受けた模擬テストの監督官だった最初の中国人。
大学生の頃にしていたアルバイト先で知り合った二人めの中国人。
社会人になったある日、喫茶店でコーヒーを飲んでいる時に再会した三人めの中国人。

どの中国人とも何かしらのエピソードがあり、その時、「僕」は何かをしたり、何かを話したりする。そして、物語の最後、「僕」は「僕」にとっての中国について語る。
そこにあるこんな一節。

地球儀の上の黄色い中国。これから先、僕がその場所を訪れることはまずないだろう。それは僕のための中国ではない。ニューヨークにもレニングラードにも僕は行くまい。それは僕のための場所ではない。僕の放浪は地下鉄の車内やタクシーの後部座席で行われる。僕の冒険は歯科医の待合室や銀行の窓口で行われる。僕たちは何処にも行けるし、何処にも行けない。

マーティン・スコセッシが監督した映画『タクシードライバー』で、ロバート・デ・ニーロ演じる主人公のトラビスはベトナム戦争から帰還した後、ニューヨークでタクシードライバーになる。
やがて彼は自分が今居る場所に不快なものを感じ大事件を起こす。

想像するに、『タクシードライバー』の主人公にとっての戦争は、ベトナムの空の下ではなくニューヨークの街角で繰り広げられていたのだと思う。
彼は生き延びるために彼なりに必死に闘った、そして・・・・・

『中国行きのスロウ・ボート』の「僕」の場合、それは戦争ではなく中国だった。
「僕」は中国に一度も行ったことがないけれど、「僕」にとっての中国はちゃんと存在している。そして、その思いを自分自身の中に抱えながら「僕」なりに生きている。

そういった意味では、『タクシードライバー』と『中国行きのスロウ・ボート』の主人公は、都会に生きる同士と言っていいのかもしれない。
一方で、両者は別の結末を迎える。

『タクシードライバー』の生き様はドラマチックで華々しいけれど、あんな風にはなかなか生きられない。
『中国行きのスロウ・ボート』の生き方は劇的でもなければスリリングでもないけれど、こんな風になら生きられるかもしれない。
「だからもう何も恐れるまい」という生き方なら。

以上、短編『中国行きのスロウ・ボート』を読んだ感想文ないしはレビュー、もしくは書評のようなもの。